ボーヴォワール『人間について』 | Roscellinus Compendiensis

ボーヴォワール『人間について』

人間について (新潮文庫)/新潮社

¥432
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 ボーヴォワールによるエッセイスタイルの実存主義の解説書。サルトルの「存在と無」の簡易版ととも受け取れます。
 
 過去に読んだときに「青臭い」、「独我論的」と切り捨てたことがありましたが、再読してもその印象は払拭されませんでした。
 
 主体の自由、自由性(自由が選択されてから主体は現れる)を著者は主張したいわけですが、所々に論理破綻が目立ち、また「位置」においてハイデガー批判をしているのですが、著者のミスリードだということが分かります。
 
 ハイデガーの「存在と時間」において、人間は死へ臨む存在として自覚的に存在するわけですが、著者の言うようにこのとき死が主体の目的、計画になるのではなく、死によって世界に境界線が引かれるわけでもなく、ただ先了解されていたことを了解するだけのことです。著者はこの先了解と了解のシステムを理解していない。
  
 サルトルを引き合いにして、主体の自由な選択=「追い越し」がないのであれば、それはただの無だと書かれています。本書で著者が主張したかったのは、自由に主体は選択し、常に目的を「追い越し」て更新するというだけだと思います。これを不必要に具体例を提示して展開するので、肝心な部分が消滅したり、現れたりします。
 
 再度確認しますが、本書で語られていることとハイデガーの「存在と時間」は全く別物です。単に著者が「存在と時間」を誤読しているだけです。
 
 サルトルの「存在と無」というテキストに対しては、良き水先案内人になるでしょう。この点は肯定できます。「実存は本質に先行する」というテーゼの理解を促す部分においては、本書は機能するはずです。問題は、本書が体系的な理論書でないために曖昧な部分が多いということです。
 
 また、本書の書籍としての問題として、翻訳が古い上に、訳者が哲学的基礎を理解していないため、訳語に問題が多いことです。哲学のトレーニングを受けた人には、この問題が独我論のうっとおしさに加えて苛立つ要素になるでしょう。