多木浩二『ベンヤミン-複製技術時代の芸術作品 精読』 | Roscellinus Compendiensis

多木浩二『ベンヤミン-複製技術時代の芸術作品 精読』

ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読 (岩波現代文庫)/岩波書店

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 著者の意図は何となく理解できますが、構成が完全ではないために記述に整合性、まとまりがありません。救いがあるのは巻末に原典の翻訳版が付いているところでしょうか?
 
 確かに精読というだけの細かな読み方が提示されているのですが、やはりキーワードは絞るべきだったと思います(本作は論文的扱いではない)。何か記述が右往左往しており、著者の主張したいことにもブレを感じました。
 
 「複製技術時代の芸術作品」は、ベンヤミンの著作の中でもアドルノの断定的な芸術論と異なり面白いのですが、キーワードを絞って読まないと自滅してしまうと思います。
 
 また、外部のテキストとの比較もして欲しかったというのが実感です。一部分で現象学が出てきたり、「verfallen」を凋落と訳しているのであれば、同じ「verfallen」を定義するハイデガーの「存在と時間」にも触れれば著者の言いたいであろう「ムード(触覚的受容)」がより明晰になったような気がします。
 
 「複製技術時代の芸術作品」自体は、私はニーチェの「悲劇の誕生」との比較が分かり易いと思います。礼拝的価値←→展示的価値、アポロン的←→ディオニュソス的の二項対立。と言うものの、ベンヤミンの評価はニーチェと同じでもありませんし、ニーチェの側も「悲劇の誕生」を失敗だったと悔いているのですから、あくまで物差し的な提案に留めておきましょう。共通している点は、両者とも二項対立を超越して新しい地平を模索するということでしょう。
 
 ベンヤミンのことを何も知らない人には無駄にはならいと思いますが、ある程度哲学、思想の経験値のある人には向かないと思います。